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山本家住宅

今回はあれこれ探したのだが、すとんとくるものがなくて時間切れ。波崎の大タブのときに雨になってパスしてしまった神栖市の山本家住宅を見てみることにした。以前神栖市に問い合わせたときは、公開はしていないが外から見ることはできるという。現在の当主に電話をすれば中の見学も可能というが、たった一人のために開けてもらうのも気が引けた。ぱっと決まらないときはえてしてうまくいかないもの。庭先から家屋の一巡ぐらいできるかと思ったのだが、行ってみれば道路脇から門扉越しに眺めるしかなかった。

もう一つの目的は浜風の新ホイールである。これは大成功。いままでラフロードに入ると地面の凹凸をもろに拾って頭痛がするほど頭にガンガン響いていたものが、気持ちのいい振動程度に変容したのには驚いた。これはホイールというより一緒に交換したタイヤが主因だろう。それに走行しているときの安定感やステアリングに対する追従性といったものが断然違ってきた。交換した成果大である。

目的地は鹿嶋工業地帯のど真ん中にあるので、あまりコースに期待はない。今回も行き帰りともKRT(鹿島臨海鉄道)になるべく沿うようなルートを取った。

マップ 今回の補正は約マイナス140m

今年は稲を収穫したあとも暑さが続いたためだろうか、イネの切り株から再度成長して実を着けるまでになっている田圃が多い。もちろん人の食用にはならないだろうが、鳥獣の餌にはなりそうなほどに実っている。

刈ったあとの稲田切り株から実がなるまで成長

何度か通ったところだが、今回はじめてKRT神栖駅(この辺りは貨物線で人の乗降はない)があって、その脇に整備車庫があることに気づいた。係員に挨拶をして中を撮らせてもらった。こんなところに人が入ってくるのが珍しいのだろう、浜風を見つけて“自転車けえ!どっからきた”という。これこれというと“そりゃあ時間かかっぺや”とどんどん尻上がりになるのが愉快である。

めんたいパーク号
ただいま整備中乗ったことのある車両かもしれない

もうじき目的地というところにこぢんまりした日吉神社があった。石碑に山本庄左衛門が祖先を祀るために勧請したとある。名前からして目的の家と関係ありそうだが、不明。

日吉神社由来日吉神社本殿

山本家住宅は日吉神社のすぐさきの道路脇にあって、高い生け垣の中にあるのでうっかりすると通り過ぎてしまいそうだ。GPSナビの“Reach Gola”が鳴ってそれと気づく。中で人声はするが門扉は閉ざされている。奥には現在の山本家の住宅があって、実際に生活しているようである。手前に付設してあるのは厠とおもわれ、母屋に本来あったものではないだろう。以前霞ヶ浦方面で訪ねた椎名家とも共通する構造があるという。庭先にトイレや見学用とおぼしき通路があるので、折々には公開しているのだろう。機会があれば中も見たいものだ。

門扉越しに撮った山本家住宅

ここから覗くだけではものの1分もかからない。このほかに神栖市に見たいものもないし、そろそろ昼だ。例によってコンビニでサンドと泡を仕入れて、近くの公園で昼食にするっきゃない。幸い近くには神之池(ごうのいけ)という大きな池があって周囲が公園になっている。この神之池、地図で見た形状から人造池だと思っていたが、鹿島工業地帯の造成によって自然の広大な池が埋め立てられて現在の形状になったという。昼食の場所としては絶好だが、水面が揺れたつほど北風が強いので、しばし適当な場所を探した。池の周囲の周回道路から芝生を隔てた森の中にさらに道があって、そこに風がなく日当たりも良い絶好のベンチがあったので、今日の昼場となった。

北風に波立つ広大な神之池
自然状態ではこの7倍の面積があったという
昼場

昼食後は観光はあきらめて、歳末の買い物やら、以前から確認したかった場所を訪ねながら帰途についた。

神之池のサザンカ並木

鹿嶋市に入ってKRT沿いに走っているとき偶然見つけた栗生城趾。これもまた佐竹義宣に滅ぼされた南方三十三館の一角をしめていたのか、あるいは位置的に鹿島氏の出城であったのだろうか。人家と斜面に囲まれた狭い踏み跡を上まで辿ってみたが、ただ薮があるだけだった。

栗生城跡城跡はただの薮

中途半端な輪行になってしまったが、本日はこれまで。

  
   
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