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六地蔵寺 2015年3月27日

水戸の東の郊外にある六地蔵寺は周辺では枝垂れ桜の名所と知られている。毎年、行ってみようと思いながらもこれまで実行できなかった。花見の時節が始まると覗いているお寺のブログで昨日開花宣言があった。おりから天気予報が明日から本格的な春の始まりとはしゃいでいる。花見には早すぎるが、様子見に浜風ででかけることにした。

六地蔵寺へのルートはGoogleマイマップで検索して、GPS端末(eTrex30)へ転送した。ちょいと脱線するが、Googleの地図機能は、従来のGoogleマップとは別にGoogleマイマップ(旧Maps Engine lite)が加わり、後者がめきめき使いやすさを上げている。それにGPSデータをPCとやりとりする機能はすべてマイマップへ引っ越したようだ。マイマップにはレイヤーの概念が加わったので、ルート、ウェイポイント、地物などを個別のレイヤーに保存し、それぞれがデータとしてPCとやり取りできるようになっている。それに刺激されたか国土地理院も従来の地図サイトを大幅に改善して機能が向上している。これらにカシミール3Dや轍があれば、こわいものなしである。

ルートをあれこれ見直して、往きは涸沼右岸を北上し、帰りは少し遠廻りになるが同左岸を迂回して戻るルートを計画した。

マップ(走行距離87キロ)

天気予報どおりサイクリングには絶好のお天気。わずかに北風だが苦になるほどではない。近所のハクモクレンは、これからという時期だが、最近の寒さで花弁が茶色に傷んでいる。畑のなかに倉庫として置かれた電車も健在だ。それにしても、これをここまで運ぶのは大変だったろうなあ。

傷んだハクモクレンやあ健在だったか

震災直後に涸沼へ来たときは湖岸道路は被災していて通行できなかった。今回は問題なく走ることができた。しかし、固めた堰堤に砂利を敷いただけだから快適とはいかない。路面から受ける振動が、自転車・人体系の固有振動に同期してしまうからだ。突き上げるような振動が長く続くと頭が痛くなる。ここは、やや離れるが並走する舗装された農道を選ぶべきだったか。

修復された涸沼右岸シジミ漁の小舟が浮かぶ

大貫橋で涸沼を渡って、水戸方面へ進む。

涸沼湖水域より下流の最初の橋 大貫橋

六地蔵寺は、那珂川の氾濫原と涸沼川の流域を分ける丘陵地帯の北端にある。鹿行方面から接近するとその丘陵地帯を乗っ越すことになる。その途中に面白そうな寺社がいくつかあったので、それらを経由するようにルートを設定した。これは正解だったようで、おもわぬめっけものがあった。

愛宕神社(コブシの古木)

 愛宕神社

どこにでもありそうな村の祠だが、ここには水戸市の天然記念物に指定されているコブシの老木があった。

水戸市天然記念物のコブシ 樹高18m、周囲2.4m、樹齢250年

芳賀神社

祭神については説明がないが境内に立派な祠がいくつかある。祭事はさかんにおこなわれているようだ。

芳賀神社拝殿
素鵞神社富士山浅間神社など
護国神社

佛性寺(湧石山大日院)

この寺は芳賀神社のすぐ裏手にあるのだが、GPSの地図で指示されている道が見つからず右往左往してしまった。

佛性寺湧石山の扁額

小さな山門の脇に、雨ざらしのかわいい仁王の石像が立っている。この仁王像は市の指定記念物になっているらしい。

吽像阿像

美術的にどうこうというよりも、いかにも村民に愛されただろう雰囲気のただよう仁王さんだ。

阿像後景吽像後景

このお寺の本堂(八角堂)には驚いた。全国にも例が少ないという。室町時代の雰囲気を残すと説明にあるが、八角という構成は別にして、全体の作りがシンプルで、屋根下の木組みなどもほほえましいほど素朴だった。

本堂(六角堂)
往時はかなりの巨刹で天台宗水戸十か寺の一つとある

説明には茅葺きを銅で覆ったとあるが、ちかごろ修復した模様の本堂の茅葺きに銅の覆いはない。ただ、左下の写真では、茅葺きの末端を切りそろえた断面に一本筋のようなものが見える。これはどうやら檜皮葺のようだった。つまり、薄い茅葺き→檜皮葺→厚い茅葺きの3層構造になっている。こうすると、ある程度の経年劣化なら傷んだ最上部の茅の交換だけですむという計算なのだろうか。茅葺き屋根の保護方法としては初めて見たし、なかなかの発想だと感心した。

素朴な組み物
従来の古材に新しい材をはめ込んで補強したようだ

六地蔵寺

佛生寺から北西方向へ丘を下ると六地蔵寺を俯瞰できる場所に出る。

六地蔵寺
大掾(だいじょう)、佐竹、徳川の歴代領主から厚遇された古刹とある

参道の左脇に大きな駐車場があるので、ここから入る人は少ないようだ。

参道参道から四脚門 右は墓地
六地蔵寺 庫裏、本堂、地蔵堂

地蔵堂の左側、本堂の前に位置する枝垂れ桜がこの境内の主だろうか。昨日のブログどおり開花まもない様子。

表から
裏から
本堂地蔵堂
宝物堂国重文 漆塗りの盥

最初から普通のお寺とは違う感じがしたが、境内を散策するうちに理由が分かってきた。このお寺は緩やかな丘陵の斜面に位置し、墓地や山林に囲まれていて、はっきりした塀のようなものがない。境内に古木は多いが自由に歩ける場所が開けていて、あれはダメ、これはダメといった禁札も目に入らない。無情に視線を遮るものもなく、いたずらに来訪者の心に踏み入る文言もない。その自然な佇まいが、ちょっと違うなと思わせたのかも知れない。

杉の古木銀杏の古木

境内に四阿はあるが、ここは宴会禁止。まあ当然だろう。この平和でのどかな境内で宴会は似合わない。当方も宴会をやるわけではないが、泡なしの昼は味気ないので、これにて失礼した。

ルートを検索しているとき近くにスーパーがあると分かっていた。そこでサンドと泡を仕入れる算段だったのだが、このスーパーにはまともなサンドがなかった。驚いたことに昔の小学校で給食に出たようなジャムとバタピーのサンドしかないのだ。同じセブンイレブンの系列なのになぜ? 母が作ってくれたカツサンドが好きだったせいか、古希を過ぎても遠足気分の時は弁当よりサンドが好みである。

しぶしぶ泡とカレーパンなどを仕込んで、昼場を探した。偶然、東部工業団地のニコンの工場の脇に、公園のような小スペースを見つけた。塀で仕切られているが工場の一部にも思えた。工業団地化による自然破壊の言い訳に、本来の地形をわずかに保存したのだろうか。

偶然、道ばたに快適な昼場が見つかった

のんびり昼食を済ませて帰途についた。しかし、この先は難行苦行。往きは微北風でまずまずだったが、午後は春風、つまり南風がそうとうな強さで吹いた。遮るものもない畑の農道を走るルートだから帰途のほとんどは強い逆風となった。久々の長距離でもありバテバテ。もう、長距離の浜風は止めるかなどと呟きながら、メロメロで家にたどり着いた。しかし、シャワーを浴びればしゃっきり。1杯やれば、心地よい疲労感に酔いが加わって、次は何処にするかなどと思い巡らせるのだった。

本日はこれまで。

  
   
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