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 吉田玉男追善文楽9月公演 9月12日

小鍋さんのいない文楽もはや2回目になる。麹町の『味処』も最後になるか。今月で店じまいとか。

平日でしかも雨のせいか、東京駅の八重洲のタクシーが長蛇の列。丸の内側へ回ったが同様。JRで有楽町までゆき、地下鉄有楽町線で永田町。さほど遅くはならなかったが、少し気がせいた。

第一部『夏祭浪花鑑』

「住吉鳥居前の段」 開口、咲甫の美声で心地よくしてくれるが、住のよくいう文楽の情はさっぱりない。子供のような三味線は鶴沢寛太郎。名前で想像はつくが、寛治の孫で寛治の襲名時にこの名前をもらったそうだ。

「内本町道具屋の段」 千歳、平凡なでき。このあたりでまとまってしまうのか。人間国宝なりたての清治も目立たない。

「道行妹背の走書」 呂勢が筆頭であとは凡庸。成長期にはたすべき役割であるのかもしれないが、呂勢には一段たっぷりやってほしい。

「釣船三婦内の段」 住、錦糸。とくに印象にない。住、生彩がない。アトを始。のびのび健康に、二代目文字久といったところか。どうも住の好みか、弟子はこのタイプが多い。

「長町裏の段」 綱が団七、伊達が義平次。伊達が義平次にぴったり。生き生きと語ったのに対し、綱は声に力がなく顔色も悪い。病気ではないか。

「田島町団七内の団」 咲太夫。味が薄く印象に残らない。摩擦音だけが目立つ。

この夏祭は、勘十郎の団七に尽きるのではないか。黒子で遣ってもそれと分かる。長町裏で刀の扱いがもつれることはあったが、人形の存在感が一段と増している。それと伊達か。
番頭伝八を遣った簑二郎が簑助そっくりの人形さばきをする。

吉田玉男一周忌追善 第二部『菅原伝授手習鑑』

「筆法伝授」 口が新太夫、団吾で心地よく寝てしまった。嶋、宗助の切。少し長いが嶋の声が好きだから心地よい時間であった。

「築地の段」 文字久が安心して聞けるようになった。

「杖折檻の段」 竹田くんこと、津駒、熱演。

「東天紅の段」 後述。

「丞相名残の段」十九、富助。淡々と語る十九の力みのなさがよかった。最後に、道真は苅谷との別れさえ拒んで出発する。この辺り、武部に筆法を伝授しながら勘当を解かないとか、道真の性格の頑なさが現れていて、失脚した現実の原因を反映しているのではないかとも感じる。

肝心は玉女の丞相だ。玉男の一番弟子としてどこまでやれるか。師匠も60を過ぎて初演したという大役だ。「筆法伝授」では精進潔斎のため奥の間にこもったままでほとんど動きがない。神々しさを出すための照明がいやに白々しく存在感まったく希薄だった。まあ、これはある程度致し方なし。あとは最後の「丞相名残の段」しか出番はない。あまり期待はなかったが、どっこい、なかなかだった。少し首が曲がったり着付けが崩れたりということはあったが、少ない動きでしっかりと道真の心情を示し、重い役所の位を表現できていた。長丁場でもあり論理の展開が現代人には無理なところがあるが、よく緊張を持続したとおもう。

ここも勘十郎の宿禰太郎が光った。「東天紅の段」の冒頭で、上手から黙って入ってきて柱を背にもたれかかるだけで、役を完全に表現しきった。あのいやらしいまでねっとりした演技は師の簑助にはない。

愛嬌を振りまいたのは端役の奴を遣った簑助。死体の立田と瀕死の太郎がいる悲惨な場で、観客の視線はもっぱら奴に集まった。笑いを誘って、重苦しい場に息抜きを作った。

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