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脳と睡眠について

先日、OM氏から「睡眠の話」というテーマの原稿を依頼されて、いろいろと調べてみた。切り口はいくつもあるが、無難なところでレム睡眠とノンレム睡眠を取り上げることにした。しかし、ネットで調べてみると諸説紛々である。いろいろと漁って、最新の情報にたどりつくまでに、ずいぶん時間がかかった。ネットの情報は、簡単に入手できるが、信頼性は一切保証されない。甲論乙駁で、どれが本当か、あるいは、どれが最新の知見かを見極めるのは結構難しい。それに、ほとんどが受け売りである(この文も例外ではないが)。それにしても、あれこれ時間を費やして調べてみると、ある筋が見えてくる。その成果として原稿を書いたのだが、1200字 以内ということもあって、いささか欲求不満気味で仕上げざるをえなかった。

そこで、この駄文となるわけだ。そのときにいろいろ調べ上げたことや、なるほどと思ったことを、あらためてここに書き残しておくことにした。

まず、「睡眠について」というタイトルにしないで、なぜ脳を引きずり込んだかだ。それは、現在の研究成果をもってしても、いまだに「睡眠」そのものは定義不能とされているからである。そのかわり、外堀を埋めて輪郭を描くというべきか、現象としての睡眠は明確に定義されているのだ。それは、脳波のパターンである。脳波にもいろいろあるが、ある種の脳波の特定の波形によって睡眠中であると判断するという。そして、脳波によって睡眠と判断できるのは、鳥類と哺乳類の睡眠だけであり(メモ参照)、こうした睡眠を真睡眠、あるいは、脳波で判断できるので脳波睡眠とも呼ぶ。逆にいえば、脳のない生物(無脊椎動物)は睡眠を判断できない。また、脳があっても未発達の両生類や爬虫類の場合は、脳波を調べても顕著な睡眠状態は見られない。ただ、行動様式から、昼間に活発に活動しているときは覚醒しているだろうし、夜間にあまり動かず不活発なら睡眠中だろうと判断するしかない。このような眠りは、行動睡眠として区別される。実際、睡眠として研究されているのは、脳波睡眠に限られ、それ以外の睡眠については調べられてすらいないという。

メモ:鳥類と哺乳類の真睡眠

鳥類と哺乳類のほかに恐竜も加わる可能性が大きい。最近は、鳥類は恐竜の直系の子孫であり、恐竜はすでに鳥類、哺乳類と同様に、後述の恒温性を獲得していたと思われているからだ。

ここで、やっとレム睡眠とノンレム睡眠へたどり着く。上記の真睡眠に見られる現象が、レム睡眠とノンレム睡眠の2種類に分類されるのだ。今日、ほぼ常識だろうが、レム睡眠の呼び方は、目玉がキョロキョロ動く、急速眼球運動(Rapid Eye Movement→REM:レム)からきている。ノンレム睡眠は、反対に眼球が動かないからだが、正確には、白目を剥きだして瞳孔が上を向いている状態だという。調べてみればすぐわかることだが、どちらもちょっと薄気味悪い状況である。それ以外に、レム睡眠のときは、体はぐったりと脱力しているのに脳は覚醒時に近い状態で夢をおおくみる。一方、ノンレム睡眠では、体の脱力だけでなく、脳の温度が下がり心拍も遅くなり、はっきりした夢はみない。

鳥類と哺乳類の真睡眠といっても多種多様で、それぞれの行動様式によって実体は異なっている。一日の睡眠時間は4、5時間から10数時間と幅が広く、その間連続して眠ることはなく、数十分から数時間の間隔で目覚めている。うたた寝を繰り返しているのだ。これは常時、危険にさられている野生生物にとって当然ともいえる。長時間ぐっすり眠っていては生き残れない。さらに器用なのは、イルカやオットセイ、それに一部の鳥類で、これらは泳いだり飛んだりの最中に、左右片眼ずつつぶって眠る。つまり、右脳と左脳を半分ずつ休ませるという芸当をする。

ひとのように1日に7〜8時間連続的に眠るのは例外に属する。ひとの睡眠は、まず、寝入りばなの3時間ほどが深いノンレム睡眠で、あとはレムとノンレムのセットを約1.5時間の周期で繰り返し、だんだん浅くなって目が覚める。そして、レムの一番浅い眠りの時に起床すると、さわやかな目覚めとなる。ひとの場合、一方では、家という安全な睡眠場所が確保されていることと、他方では、昼間は狩猟・農耕によって活動を強いられることによって、このように連続的、集中的に睡眠をとるようになったものと思われる。

レムとノンレムという異なる眠りができた理由には生物の進化が深くかかわっている。レム睡眠は太古からある眠りで両生類や爬虫類が体(と未発達の脳)を休めるための仕組みだったと考えられている。一方、ノンレム睡眠は鳥類や哺乳類が2億年ほどまえに獲得した新しい眠りだ。ノンレム睡眠の発生には、脳の発達が関係している。鳥類や哺乳類が両生類や爬虫類より進化しているとされるのはホメオスタシスを確立しているためだ。ホメオスタシス(恒常性)は、生物が外部環境に関係なく、一定の状態(同じ体温、おなじ血液性状など)を維持できる性質のことだ。例えば、サーカディアンリズム、つまり概日周期の拘束を脱して体温を一定に保つためには、体内の複雑な調整機構が必要になり、その管理機能として脳が発達する。両生類、爬虫類では、パソコンですんでいたものが、ワークステーションやメインフレームが必要になるのである。発達した脳は、それ自身が大きなエネルギーを消費して発熱する。すでに説明したようにレム睡眠では体は休めているが、脳はほぼ覚醒状態に近いから休んでいない。何かの手段で脳を休ませないとオーバーヒートしてしまう。そこで、発達した脳をクールダウンさせなる睡眠として、新しいタイプのノンレム睡眠が登場したのである。

一方、レム睡眠もしぶとく生き残る。脳も体も低活動レベルにあるノンレム睡眠から一気に覚醒へは移行できない。そこでレム睡眠は、ノンレムと覚醒の間をつなぐニッチにはまったのだ。レム睡眠は、体を休ませながらも脳をウオームアップする。現に、レム睡眠時には、脳からの指令は遮断されているだけで、遮断を解くと夢とともに体が激しく運動することがわかっている。さらに、意識はあるのに体が動かないという金縛り状態は、レム睡眠中に、脳からの指令が遮断されたまま、意識が目覚めた状態として理解できる。また、無意識によって外界の情報が遮断されるあいだを利用して、昼間に得た情報を整理して記憶を固定する働きがあることもわかってきたのだ。つまり、「ノンレム睡眠は脳を休養させるための眠り、レム睡眠は脳を活性化させるための眠り」だったのだ。そして、体の休養は、脳の休養の帰結である。

ひとの睡眠の周期性を利用して、目覚ましは3時間+1.5時間の数倍にセットするとよいと書いてあるサイトがいまだにあるが、これはウソ。前日までに疲労や寝不足がたまっているときは、寝入りばなのノンレム睡眠の深さと長さを増して解消を図るという。これを睡眠の跳ね返り現象と呼ぶ。だから、3+1.5*nのような単純な式では計算できないのだ。ただ、将来、脳波を腕時計程度の簡単な装置で調べられるようになれば、起床時間の直前のレム睡眠期に起こしてくれる「快眠快覚タイマー」も夢ではないかもしれない。


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