カラオケはストレス解消には絶好だろうが、こればかりはやる気にならない。理由は周知の如し。歌の唄えない ぼくとしては、その代わりに古典を暗唱する。還暦のボケ脳にカツを入れるため、ときどき新しい漢詩やら和歌などを憶える。適当な解説本を開いて眺めていると、ときどきすーっと頭に入ってくるやつがある。しめたと思って、それを憶えることにしている。最近は次の 漢詩だ。
半夜 回首五十有余年/人間是非一夢中/山房五月黄梅雨/半夜蕭蕭灑虚空
こうべを回らせば五十有余年 人間(じんかん)の是非は一夢のうち 山房五月、黄梅の雨 半夜、蕭々として虚窓に灑(そそ)ぐ
山中の庵(自宅だろう)で夜中に目覚め、闇にぽっかり空いた窓に侘びしげな雨が降りそそぐ。そんなとき、ふと人生をふり返っての感慨。人間の是非は、世上の毀誉褒貶。
誰の作だと思います。何と良寛。彼は平仄や押韻に拘らずに漢詩を作ったという。もちろん、こっちもそんな規則に無縁だ。三句目が、旧暦五月、梅雨時の梅が黄ばんでくる頃だから、ちょっと季節感がしっくりしない。そこで、こう替えてみた(失礼、良寛さま)。
山房五月黄梅雨 → 山房初冬落葉雨
これを昨今、散歩のときなどに口ずさんでいる。