道草Web

NIFTYがついにパソコン通信を停止(来年3月末)するそうである。NIFTYのサービス開始が1987年4月。ぼくがモデムを買ったのが同じ年の12月。アイワの2400bpsのモデムを41,300円で買っている。あのころは、300bpsのモデムを使っていることが自慢であるような時代だった。現在の我が家のインターネットの接続速度が100Mbpsであるから、その差たるや目がくらむほどだ。

しかも、そのころのモデムの使い方というのは、1対1peer to peerであり、パソコンからコマンドを入力して相手のモデムに電話をかけモデムどうしが直接対話して通信を実行するものだった。だから、相手にも同じ程度の知識がないと通信自体成立しなかった。そこへNIFTYなどのパソコン通信のサービスが始まってやりとりが格段にしやすくなった。まだ相性というものが存在したコンシューマー用モデム同士の直接接続より、パソコン通信会社のプロ用モデムへ接続するほうが容易だった。しかも、データを直接やりとりするのではなく、蓄積転送store and forwardができるので、使い勝手が向上した。現在に置き換えれば電話と電子メールの違いといえばいいだろうか。メールやデータはパソコン通信会社へ送っておけば、受け取る側は好きなときに取り出せるようになった。

1987年というと、インターネットは実験段階から実用化にはいったばかりで、いまのような隆盛を予想だにできなかった。ぼくが最初にインターネットを使ったのは1996年である。その間、ほぼ10年でインターネットは通信インフラとして爆発的に普及を続けていた。いまでは笑ってしまうが、そのころはまだパソコン通信とインターネットの違いがよくわかっていなかった。その違いは、中央集権社会と民主主義社会の違いに近い。インターネットの萌芽は 敵の攻撃を受けても寸断されない通信網を実現するという軍事的なものだったが、そのために考案された分散型ネットワーク(インターネットの原理)は、その実現手法においてきわめて自発的で民主的(資本主義的?)なものだった 。

そして、それからほぼ10年、現在では、長らく通信手段の王者であったアナログ電話もインターネットベースのIP電話に呑み込まれようとしている。通信インフラとしてのインターネットはもはや盤石といえる。インターネット自体もアドレス体系がIPv4からIPv6へ移行しつつある。さらに次世代のギガbps超高速インターネットも実験が続けられている。ただ、分散型ネットワークという基本的なアイデアは同じである。ネットワークに収容できるコンピュータの数がほぼ無制限になり速度が3桁違うだけである。

この先は、ユビキタスな通信環境が普及するという。いままでは、通信といえばコンピュータ同士のものだったが、ユビキタスではあらゆる電子装置が自律的に相互通信できるようになる。現在では、ユビキタスな通信環境といってもベースはインターネットの通信機能を前提としているように見える。ここまでの通信インフラの成長と変貌を見る限り、ユビキタスに対応して何か革新的な通信原理が登場すると思えるのだが、まだ見えてはこない。


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