朝の散歩に表へ出ると、めっきり少なくなった葉群れを透かして、桜の林の向こうに、まだ明けやらぬ藍色の空が広がっている。家の角を東へ曲がって歩き出すと、その空の下に朝焼けの帯が広がる。家々の屋根は一続きの輪郭を描いて黒く沈んでいる。その黒から朝焼けを経て藍にいたる色調の移ろいに見とれて歩みを止める。家並みの上に、一筆掃いたような二十九夜の月が懸かり、そのさらにうえに火星が黄色く輝いていた。
1時間ほどの散歩を終えて、らくだ坂を上る頃には、日の光は輝きをまし、我が家のある小さな丘の木々を照らす。イチョウの黄色、桜の紅と朱、サワラの緑が、こもごもに光彩を放って、すべてのものがこのうえなく明晰に、そこに存在する。毎朝のように歩いていても、これほどの見事な朝の光景はめったに出会わない。こういうときにファウストは言ってしまったんだなあ、“時間よ止まれ、お前はあまりに美しい”と。普段なら、口にするのも気恥ずかしいが、いまならいってもかまわないや。