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友人が自作した真空管アンプの音を聴いてコメントしてくれといわれて、久しぶりに真空管アンプの音を聞いた。 真空管アンプというと思い出すのは、尾道の旧志賀直哉宅の近くにあった喫茶店のことだ。尾道の観光コースをマップ片手にうろうろしていて、偶然に入った。普通の住宅に少し手を入れたような店だったが、入って席に座ると、70年代のポピュラーなどがBGMで静かに流れている。小さい音量でもクリアで優しい音が好ましい。ふとみると、真空管アンプを使っていたのだ。なるほど、これだけIC技術が進んでも、いまだにこの手のアンプにこだわるひとがいるのもわかるなあと、そのとき感じた。

自分が日頃聴きなれているスピーカー(Dynaudio Contour 1.3 SE)とCDプレイヤー(CEC TL51Z MKU)で、自分の好きなソースをかけてよいという条件だ。わたしはさほどのオーディオフリークではないが、不自然な音は苦手で、PAにたよったコンサートなどまっぴらの方だ。

まず、心配したのは、Contour 1.3 SEという能率のよくないスピーカーを10ワットくらいの真空管アンプで十分鳴らせるかという点だった。最初に音が出た瞬間にこの心配は霧消した。オーケストラがフルに鳴ったときの迫力や細部を再現することは確かに苦しい。しかし、トータルな音の響きや雰囲気が自然に伝わってくるので不満はない。

ピアノソロ、オルガン、コンチェルト、オペラ、それにジャズボーカルや三味線など、いろいろ聴いてみた。ソースが何であれ、鳴った瞬間に穏やかさを感じさせる、そんな音だった。自分が日頃聴いている石のアンプに比べると、音の生々しさや強烈なインパクトは再現できないが、これなら安心して長時間聴いていられる。

このアンプの魅力が十分発揮されたのはボーカルだった。音の硬いアンプでベルカントなどを再生すると耳を覆いたくなるものだが、このアンプだと、ひとの声の持つ微妙なあたたかさや、やわらかさが、心地よく伝わってくる。比較のためにスピーカーを変えて ごく普及品のJBL 4302でも聴いてみた。声の印象はやや変わるが、魅力的に聞こえる点では同じだった。いっしょに聴いていた友人と“おお、好いじゃない”と、うなずきあったものである。

仮想オーディオ空間が趣味で、刺激やインパクトを味わいたいというのなら話は別である。また、ソースのもつ音の鮮度を知っていると、確かにこのアンプではもの足りない点がある。しかし、目的が音楽の再生であり、それを楽しむことであれば、このアンプは十分にその目的を達しているように思えた。


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