道草Web

毎年この時期、靖国神社で夜桜能が三晩続けてある。神への奉納と称して(だったら無料で開放しろといいたいが1万円前後の席料を取る)、火入れの神事で始まるいわゆる薪能である。今年は、この7〜9日で、その中日8日の番組を見に行った。

去年は、今頃はもう葉っぱばかりで、夜桜は名ばかりだった。今年はの桜はまだまだ楽しめる。期待していたのだが、朝から暴風雨。これは、らくだ坂花見に続いてついていない。

しかし、主催者の開催条件は、「当日東京地方午後 6 時から翌午前 0 時までの1ミリ以上の降水確率が 51 %以上の場合日比谷公会堂へ変更」となっている。窓の外は、雨混じりの強風が吹き荒れているというのに、予報の降水確率はいつになっても 50% である。当然、問い合わせの電話が殺到しているとみえて、開催事務局の電話は何度かけても話し中だ。

なにせ痛風の足を引きずってだから余計な歩きは避けたいが、どちらでも対応できるように雨具を用意して早めに家を出た。だが、九段下の駅についても、会場変更の掲示はない。地下鉄を出ですぐのビルの前で、激しい突風に見舞われ雨傘の骨が2本も折れてしまう。これで もやるのかよ! と半信半疑で、九段坂を上がっていった。左足は踏みしめられないので、普通のひとの半分くらいのペースだから、九段坂は長い。しかし途中から引き返してくるらしいきひとがほとんどいない。へえ、やるんだ 、と思いながら神門(日本一というどでかい鳥居の奥の、どでかい庇をもつ門)が見えるところまで近づくと、やはり人混みができている。会場はその奥の右側にある。

主催者がいいわけがましく、意味もないアナウンスをしている。確かに開催条件は満たしているのだが、実際に吹き荒れているこの天気を押して屋外で強行するというのは、いかにも非常識だ。開催条件が、こうした状況を想定していたとは思えない。しかし、どうしてもここでやるというのなら、こっちも山屋のなれの果てだと、腹をくくって雨具を身につけた。会場で雨具も売っているらしいが、膝までくらいしかない半透明のやつだ。この風雨ではひとたまりもなかろう。日比谷へ行ってしまった人も多いらしく、その到着を待つために開場は大分遅れた。

待たされついでに、神門から少し九段よりに戻ったところにあるトイレへいって用を足した。トイレを出ると、ほんのわずかのあいだに、天気が急変した。もう雨が止んでいる。それに空を見上げると、せわしげに流れる雲を透かして月が見える。天気図では、寒冷前線が通過すれば確かに急速に天気は回復するはずだが、夜桜能開演に合わせて、これほど劇的に回復するとは期待しなかった。ましてや、主催者の判断が的確だったとはまったく思えない。これは望外の仕合わせである。

実は薪能などというのは邪道だと思っている。能というのは、何度観てもおおむね退屈なもので、同じ金を払うなら、クラシックでも聴いたほうがよぼどすんなり感動するのだが。自分でも不思議なことに能が観たくなる。1時間前後も眠気と格闘して、そのなかにじわーっと、ああ良いなあ、と思える一瞬があれば幸運だ、といったたぐいの芸能である。薪能は、能の本質的な部分より、薪の明かりで観る能という幻想的なイメージが先行しているように思う。メインディッシュはまずいがデザートと雰囲気で人気のあるレストランのようなものだ。

だが、この夜桜能だけは抗しがたい魅力があって、毎年観ている。陽光に照らされた桜と違って、仰ぐように照明された桜が暗い空を背景に浮かび上がる情景はひとしお妖艶である。靖国神社の能舞台は、そんな桜林のど真ん中にあるのだ。まして、今年は桜の状態がいつになく良かったから期待もなおさらだった。しかし、この荒天で、しかも、この急転の回復である。期待と失望の波に翻弄され、ギリギリで良い目が出た。

その夜の番組は、舞囃し『巻絹』、狂言『清水』、能『清経』の3番。狂言のシテは野村萬、能のシテは梅若六郎。現在の能狂言界でこれ以上の配役は望めない。野村萬の諧謔は、熟成しきって透明度さえ感じさせる。梅若六郎の身体は、これ以外ありようもない確度で舞台に軌跡を描き、面の中から響くその声は、朗々として空間を支配する。時折の風で、桜吹雪に浮かぶ能舞台の趣は、いくら否定的な理屈をつけても感動的であった。


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