道草Web

熱海伊豆山

2002年9月28日 土曜日

曇り、ときどき雨。

梓、熱海集会。 冨山、後藤、鈴木、金谷、高橋、中村、亀村、橋元

雨模様で、天城山(万三郎、万次郎)ハイクは予定変更。TBS.B熱海寮のある紀州鉄道伊豆山オーナーズビラで宴会となった。

10時33分の快速で東京駅発。横浜で後藤さん、辻堂で冨山さんが合流。

熱海駅から歩いて世界救世教MOA美術館を見学。入口から延々とエスカレーターを乗り継ぐ。エスカレータの終点フロアには、秀吉の金ぴかの茶室と能楽堂がある。眩暈のしそうなこの茶室で何がわび茶なのか知らないが、この悪趣味を再現する悪趣味に驚かされる。能楽堂の公演案内には、梅若六郎や友枝昭世、野村萬など超一流のシテ方が出ている。金があれば、おおよそのことはできるということか。

まずは腹ごしらえと、レストランへ。ヒレカツサンドを頼んだが、今晩の後藤さんのメニューはトンカツだったことを、あとで知る。このカツサンドすごい量。2人分はたっぷりありそう。ただ、味と素材は合格。なんでもこの宗教は、自然農法を実践し“食”には力を入れているらしい。レストランの従業員は、慇懃であるが、どうもなじめない感覚がある。まるで自分は人ならぬものの傍らにあって、いましていることは、よそ事というような印象なのだ。解脱したと誤解しているものへの違和感、隔離感とでもいおうか。

器の図体がでかいのに比例して、コレクションも散漫だが、いくつか目玉はあるらしい。有名な野々村仁清の国宝藤花紋の壺はこの美術館の所有だったのだ。記録を読むと、創設者の岡田某氏が死の2日前に入手している。これで世界は救われたか。

驚いたのは、レンブラントの若い頃の帽子を被った自画像があったこと。これはめっけもの。じっくりと見させてもらう。絵の状態は非常にいい。ざっと400年は前の絵が、いま 描き上げたばかりのような光沢を放っている。ただ、あの照明はセンスを疑う。レンブラント独特の光線の扱いを強調するつもりなのだろうか、顔面にスポットを当てたりして、余計なお世話である。絵の保存にも悪かろう。

あと記憶に残ったのは、色鍋島の皿(鉢?)や織部のかわいい香合。色鍋島は、ちょっと日本の陶器の色彩センスから離れているような印象だった。冷色系統を主調として、細身の線がで描かれている。古久谷(実は古伊万里)の収集が多かったようだが、あの黄色はいつ見ての独特。

美術館が終わって、後藤さんとカメちゃんが買い出しに町に降り、残りは歩いてTBS.Bの寮のある紀州鉄道伊豆山オーナーズビラへ。金谷氏は、到着するなりオックステールの煮込みをはじめる。それはそうだ、これが喰える状態になるには、少なくとも4時間はかかる。後藤さん、スーパーの品ぞろ えにはいたくご不満だったようだが、手料理いろいろで宴会がはじまる。メインはもちろんトンカツだ。昼がヒレカツなら、こちらはロースだ。この肉もなかなか旨かった。

OJは宴会の冒頭は寝こけていたが、カメちゃん、チャウ、善さん、後藤さんと、次々寝入るなか、後半になって目が覚めてきた。珍しく冨山さんと尚やんが盛り上がり、金谷氏とOJはご高説拝聴の格好になる。冨山さんは、アメリカが自分の赤字を日本に肩代わりさせた経済手法の告発、竹中経済への批判、尚やんはアングロサクソンの徹底糾弾と忙しい。しまいには、寝付いている後藤さんを起こして、ペペロンチーノ(金谷氏の希望だそうだ)を作ってもらい、腹を仕上げる。

3時を過ぎて就寝したが、夜中突発事件。寝付いて間もないころだろうか、冨山さんがトイレに立った(らしい)。暗闇の中、隣に寝ている誰かを跨いだつもりで、大きく踏み出したその一歩が、OJの鳩尾を直撃。深夜、ただならぬ悲鳴を発する。こちらは驚天動地、目から火が出るというのは、まっこと正鵠を得ている。真っ暗な室内に一瞬、火花が散ったかと思った。この絶叫にもかかわらす、梓諸氏がこともなげに寝入っていたのは言うまでもない。しばし、唸りと痛みがおさまらなかった。

2002年9月28日 土曜日

曇りがち、やや晴れま。

昨夜は、10時頃にビラ内の温泉が終わっていて、だれも入っていない。早起きした順に温泉に浸る。善さんが、このビラの屋上が開放されていることを発見し、湯上がりにみんなが次々と屋上に集まる。丸テーブルを囲んで、ちょうど八人分の椅子があって、朝食前の軽い一杯となる。OJの別の仲間では、これをプレ食事という。つまみは、金谷風オックステール(真水で茹でただけのを岩塩で喰う)。ここの風呂は海の展望が素晴らしいが、屋上はそれに輪を掛けている。当然、次回はここで宴会をという話になる。

カメちゃんのホテルの朝食風。キャンベルは我が家も常備だが、クリームコーンが地元アメリカでは見向きもされず、日本向けの商品であるとは驚きだった。あちらでは、チキンヌードルが一番人気とか。

今日の目標は後藤さんの発案で中華街となった。ビラを後にし、バスで熱海へ。熱海から各停で横浜。京浜東北線で石川町まで戻る。とくにあてもないので、齋藤君推奨の謝甜記を目指す。昔から中華粥で有名な店だ。バブル期ほどではないにしろ、中華街の雑踏には辟易。少し名の通った店には、どこも行列ができている。肝心の謝甜記は、本店も近頃できた貳号店も行列。諦めて、以前関根さんの企画で上海ガニを食べた大新園へ。こちらは空いていて、すぐに個室へ通される。多分、前回と同じ部屋ではないかと、みなの意見が一致する。以前と同じ、壺入りの紹興酒を頼み、めいめい好みの一品を注文する(あとからの齋藤君の掲示では、ぷりぷりのエビワンタンや餃子、海鮮関係がお薦めだそうだが知るよしもない)。

広東系の中華料理店へ行った場合、スキー場のカツカレーと同様、必ず頼む料理がある。普通、東坡肉(トン・ポォ・ロウ)で通っているが、広東系の店ではカウヨ(扣肉)という。正確に同じものかどうかは知らないが、まじめにやると煮る、焼く、揚げる、蒸すなど中華の種々料理手法を駆使する手の込んだ料理だ。OJはこれが大好物。しかし、めったにカウヨの旨い店はない。昔、謝甜記の兄弟店の徳記のカウヨは絶品だった。それを思い出して近頃行ったところ、痛く失望した。大新園のカウヨは、合格。ひさびさにまともなカウヨを食した。従業員の対応も好感がもてたし、味にはおおかた満足したようで、締めくくりの宴会は、めでたしめでたしであった。

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まだ時間も早かったので、運動不足、食い過ぎ、飲み過ぎを補正すべく、蕨から歩いて帰ってきたところ、鳩ヶ谷の町中で、同じ町会の役員仲間に遭遇し、また一杯となってしまった。ああ、何のために歩いてきたのか。


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