道草Web

梓日だまり 三頭山

2004年11月27日 土曜日

快晴。

今回、定例日だまり山行は、東京都民の森を懐に抱く三頭山である。まあ、いつものことなので簡単に報告を。

参加 冨山、後藤、鈴木、大森、中村、八重樫、橋元

8時東京駅集合のところ、渋滞でデリカが30分ほど遅れたが、その間に、善さんたちは丸ビル前のイチョウ並木でギンナンの実を拾ったという。あの臭気を車に持ち込まれてはたまらないとおもったが、ほとんど感じなかった。

上野原駅で冨山さんが同乗し、駅近くのスーパーで買いだしをして都民の森へ向かう。生藤山から三頭山へ続く山並みを、武甲トンネルでくぐって北東へ進む起伏の多いコースだった。

都民の森は、東京都が都民に森林に親しんでもらおうと作った施設らしい。駐車場、森林館、木材工作センターなどを中心に、何本かの自然観察コースが三頭山の山腹に展開している。三頭山への登山コースもそれに含まれている。われわれは、まず鞘口(さいぐち)峠を目指し、そこから稜線(奥多摩湖から三頭山を経て生藤山へ至る)通しに三頭山山頂へ向かった。

今日は冬型で好天は約束されたようなものだが、強風が心配だった。が、それも杞憂。初冬のじつに穏やかな陽気であった。登山道も、都民の森の一部に組み込まれているからだろうか、よく整備されていた。ただ一個所、階段を固定する鉄棒が何本か、数十センチも飛び出していて、危険を感じたくらいだった。 このコースは、めぼしい木にその名前が表示されているが、そのなかに“ヨグソミネバリ”を発見。どうにもよい語感ではないが、これが“梓”の別名である。ミネバリはミネハリで、峰の榛の木からくる(ミネのハリの木、榛は“はり”とも読むらしい)が、ヨグソという不名誉な命名は、その樹液に含まれるサリチル酸のせいらしい。ともあれ、梓を見つけたのはぼくもまだ2回目である。

山頂まで行くかとか、途中の見晴らし小屋で宴会をするかとか、もういいからこの辺にしようかとか、わいわい騒ぎながらも登るうち、頂上の15分ほど手前のところで、絶好の宴会場を見つけた。稜線から小さな尾根が東側に派生していて、それを少し下ったところ、疎林のなかに日当たりのいい平地がある。夏なら若い広葉樹の木陰になっているのだろうが、いまは葉がすべて落ちて厚い絨毯のようになっている。風もない。それに富士山もちゃんと見える。文句なしだ。ここで恒例の日だまり宴会となる。ビール数本、ワインは3本。それにチャウの仕入れたツマミと、スーパーで買ってきたオムスビ類。この宴会場は近来にない大正解であった。穏やかな初冬の陽光をあびて、楽しいひとときを過ごした。

宴会を終えて通過した頂上は、踏み荒らされて裸地と化し先ほどの宴会場とは比べようもない。下山路もよく整備された道で、各所に立派な休憩所があり、斜度が緩むと木材のチップが路面に敷き詰めてあり足にやさしい。

駐車場へ戻ったのは4時をとうにまわっていたろうか。あとは今夜をすごす檜原村の「森林村」へ向った。森林村といっても、私営のコテージ集合である。東京側からは、十里木の少し奥で(今日の行程からは手前)、檜原街道から秋川渓谷へ少し下った、河岸段丘のようなところにある。ついたころは暗くなっていたのでよくわからなかったが、整備のよくゆきとどいた快適な施設だった。この時期だというのに、結構繁盛している様子だ。6人用と8人用のログハウスがあり、われわれは8人用(料金は6人用でよいとのこと)に泊まったが、屋根が高く中二階がある。山屋の感覚では15人やそこらは軽い広さだった。それもまあ当然で、冬場の割引があるものの、暖房費は別途取られ、素泊まりで一人4000円以上になる。このあと、大森氏が合流するので実は7人なのだが、それはまあよかろう。 後藤さんとチャウの支度で、宴会が始まる。多忙で宴会だけ参加の大森氏も、善さんが五日市の駅まで迎えに出て無事に到着。例によって、例のごとくの梓宴会が続いた。〆は、真打ち登場で、八重樫氏の手打ちそばで宴会を終えた。

2004年11月28日 日曜日

快晴。

コテージのカーテンを開けると、眼下に秋川の清流が望まれ、白い石の敷き詰められた庭に、いまを盛りのモミジの紅葉が美しい。この施設全体が、崖の中腹にあり、わずかな平地を切り開いて作られた感じである。立地条件はあまりよくはないが、朝から係員が出て掃除に余念がなく、施設全体に神経が行き届いた印象がある。当然、今日は、山へは登らない。とんぼ返りの大森氏を五日市で降ろし、残りは小金井公園の「江戸東京たてもの園」を散策して、園内の藏造りの店で、武蔵野うどんを腹に入れ、無事、帰途についた。


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