道草Web

梓山行 利尻島・礼文島

→梓編年 前編 後編

2005年6月12日 日曜日

曇り。

 冨山、後藤、高橋、大森、中村、橋元

ANAの超割切符、羽田・稚内往復2,4700円をチャウが代表で購入した。ANA571便 羽田発9:40→稚内11:25。機内は、同じく超割仲間と思われる同年配のジジ・ババで満員。

稚内は雨。家を出るときは半袖で蒸し暑いくらいだったが、ここは気温11度で寒々しい。長袖のシャツにフリースで丁度よい。5年前の利尻・礼文と同じような天気模様だ。空港からは、稚内市内経由FT(フェリーターミナル)への連絡バスに乗り込む。1135発のバスだったが、運転手の話では空港からOKが出たら出発とのことで少々遅発。もちろん、バスも同様の年配者で一杯だった。

客の大半は稚内駅近くのバスターミナルで降りる。バスターミナルといっても、バスが数台停まれるスペースがあるだけだ。われわれは終点FTまでいって荷物を置いてから市内へ戻る。駅前のウナギ、寿司、天ぷらなんでもありの店で昼食。ビールで喉をうるをして、寿司とそばの定食などを食す。食後、ぼくはガスボンベを購入に少し離れたサニーホームというホームセンターへむかう。残りは食料を買い出して、FTで合流。小一時間の待ちで、利尻町鴛泊港行き15:30発の東日本海フェリーFeelease号に搭乗。このフェリーは、椅子席は一等座席指定だけで、あとはお座敷船である。

外海へ出ると流石に揺れが大きくなったが、それも旋回している間だけで、利尻へ向かう直線航路へ入ると揺れも収まった。強い追い風で、船が進んでいるのに風はあまり感じない。いつかのようにイルカを期待してデッキに立ったが、果たせなかった。そういえばあのときは、航路の近くに魚群がいてと鳥山が立っていた。イルカは魚を食べ飽きて、フェリーと遊びにきたのだろう。厚着にして最後までデッキにいたが、流石に鴛泊につくころには寒くなった。どうもこのとき風邪を引いたらしい。

鴛泊着(17:10)。FTからジャンボタクシーをひろって北麓キャンプ場へ。途中の酒屋で、男山の純米酒を購入する。すでに、多聞を1升買ってあったが、どうも足りない気がするので追加した。買い出し組の話しでは、稚内の酒屋より日本酒は揃っているという。ぼくは車内にいたが、窓越しに見ると店の奥の上段に久保田のビンがずらっと並んでいた。きっとえらいプレミアムがついているのだろうと推察したが、買いにいった尚やんの話しではそのとおりだった。

北麓キャンプ場着(17:43)。前回と違って閑散としている。予約済みなので、すんなりとキャビンへ入ることができた。キャビン1号リシリヒナゲシは宴会場とし、2号ミヤマリンドウは明朝、利尻岳へ向けて早発予定の高橋、橋元、それに後藤さんが泊まる。今夜は尚やんの食当で、ポトフがメイン。ポトフだから野菜が主体のはずだが、魚好きの彼にしては、なぜかやたらに肉が入る。1升では足りないと読んだのは正解で、まずまともな酒からと手をつけた男山はたちまち空いてしまった。それはそうだろう。このメンバーで、往時なら2升でも足りたかどうか。

2005年6月13日 月曜日

曇り、ときどき雨。午後はおおむね晴れ。

昨夜の宴会の時、行動食がおむすび2個しかないときいたが、ままよと寝てしまった。実は、昨日の稚内で利尻岳用の行動食を買い出し組へ頼むのを忘れて、あとから携帯で連絡したのだが、大森、中村、後藤、高橋とかけても誰も出ず。どうせ冨山さんは電源を入れていないだろうと諦めてしまったのだった。

鳥の声で目を覚ます。窓がわずかに明るい。時間を確認すると、まだ2時半だった。北国は空の白むのが早く、鳥も早く鳴きだすのか。鳴き声が相当にぎやかだから、今日はお天気は保つのかも知れないとおもいつつ、また寝込んだ。4時を過ぎると、たまりかねた尚やんが、登るかどうする?という。もう一度、行動食を確認する。おむすびは2個しかないが、尚やんが行動食として、菓子パンとエネルギー補給食のウイダーをそれぞれ余分にもっているという。それならなんとかなるだろうと、出発を決める。隣のキャビンからビールのロング缶をもらい、後藤さん、冨山さんの見送りを受けて出発(4:28)。われわれの直前にも、車で乗り付けて登山を開始したパーティーがいる。

雨は降っていないが空はどんよりしている。最北の名水と称する甘露泉水で水筒を満たす。前回、登山道の両側にびっしりと咲き込めていたマイヅルソウはまったく咲いていない。その代わりにツバメオモトの花が目立つ。北国で花期が短いことと、海原から立ち上がる孤峰のせいで気温の高度変化が少ないからだろうか。ツバメオモトのあとは、オオバナノエンレイソウとザゼンソウが延々と続く。本州の山だと、花の時期と高度はある程度相関がある。ここでは、山麓で咲いていた花は、相当高度をあげても育成適地であれば同じように咲いている。利尻・礼文の植生は、水平分布と垂直分布があまり変わりない。

5合目ではじめての休憩(5:37〜54)。朝は食べずにすぐ出たので、ここで朝食。途中で抜いた同年配の6人ほどの団体が追いついてきた。ぼくは、おむすび2個を平らげたが、尚やんは1個だけだった。

ダケカンバがひとの背丈ほどに短くなり、ハイマツ現れる(6:09)。下生えにはクロツリバナが咲いている。クロツリバナは、これから先どんどん増えてくる。

6合目(6:14)。このあたりで登山道に臭気が漂う。ザゼンソウかと思ったがそうではなく、ギョウジャニンニクであった。ここから上はハイマツ帯になる。ミヤマオグルマ(6:17)がひと株だけ咲いていた(図鑑を調べるまで分からなかった)。菊科のどこにでもありそうな花だが、北海道以北に分布するようだ。ふたたびダケカンバのトンネル(6:18)にはいるが、今度のは、さらに背が低い。

登山道の脇に携帯トイレブースがある(6:19)。コンクリート製の円筒で、大木を胴切りにしたような模様がデザインされている。覗いてみると、中に便座がひとつ置いてある。ただ、内部の印象は不潔感があって、これでは用を足す気になれまい。

7合目、七曲(6:37)。タカネナナカマドが増える。この辺りでは、丈の短いダケカンバの疎林の下生えに、もうツバメオモトはなく、ザゼンソウの花とオオバナノエンレイソウの花が目立つ。

長官山までなんとかと思ったが、なかなか着きそうにないので一本(6:44〜7:09)。 樹林帯に咲いていたヒメイチゲがこの高度でも咲いていた(7:14)。

岩稜へ出る(7:16)と、下生えに草が少なくなり苔が多くなる。コケモモ、エゾヒメクワガタ(7:23)。

尚やんと別れる(7:30)。そろそろ先に行ってもらわないと、二人とも登頂できなくなるというので、尚やんの行動食を分けてもらって先行する。

8合目。長官山、標高1218m(7:32)。長官山の少し先で、キバナノシャクナゲが咲いていた(7:35)。今回、ミヤマオグルマと同じで、咲いていたのはここだけ。

長官山、避難小屋間のピーク(7:38)。これより避難小屋まではしばらく下りとなる。下りの途中で、下山の単独行とすれ違った。この時刻で山頂まで行ってきたとは考えにくいから、避難小屋に泊まっていたのだろう。

利尻岳山小屋、いわゆる避難小屋(7:42)。無人であった。避難小屋を過ぎると雪渓上部のトラバースがある。斜度はないので、雪渓と言うより雪田という感じ。そこを抜けると道は深くえぐれ、両側から薮が覆い被さっている。そのままだと、朝露で雨に濡れたと同じことになるので、スパッツと雨具上衣を付ける(7:44〜53)。ここでカッパを着たのは正解だった。薮は短かったが、そのあと、ひとしきり雨も降り出した。

ハクサンイチゲ群落(7:54)。まだ蕾で咲いていない。

一本(8:01〜09)。避難小屋からはさほど斜度がなかったが、この辺りから急登がはじまる。その前に少し開けた場所があったので休むことにした。七曲がりの前でもシマリスの姿を見たが、ここでもシマリスが出てきて餌でも欲しそうに近づいてくる。なにかやりたいところだが、人間の勝手で餌付けなどしないほうがいい。悪いけどなにもないよというと、きびすを返してブッシュに消えていった。ウイダーなるエネルギー補給食を食べるというか、飲むというか、流し込んで出発する。ザレが多くなり、イワベンケイが現れる、灌木帯もぐんと背丈が短く数十センチとなる。しばらく登ると後ろから声がする。さっき休んだ場所に、尚やんが登ってきていた。これでは先行した意味がないなあと思うが、これ以上ペースを上げる体力的な余地はない。このころになって、雨雲を抜けたか、大分視界がよくなってきた。しかし、山の全容はまだ霧の中。あとで尚やんの話しでは、ここで天気が好転したので登る気になったとか。こちらの後ろ姿を捕らえたこともあったろう。

9合目(8:19)は、斜度が緩んで広場になっている。ここにも携帯トイレ用のブースがある。ここからが正念場と看板にあるとおり、その先はガレ場の急登となる。ここでバテもピークに達し、尚やんに負けないくらいへばってきた。登りつづけられず、立ち止まって息継ぎをする状態。やけくそで、リービ英雄に触発されて憶えた万葉集最長の挽歌「高市の皇子の尊の城上の殯の宮のときに柿本の朝臣人麻呂の作れる歌一首、併せて短歌」の計4首を念仏のように唱える。下山者でもいれば、苦しくて気でも触れたかと思うかも知れないが、足跡を見る限り先行者はいない。ところが、これが功を奏した。言葉を口に出すために、自然に呼吸が深くなったためだとおもうが、俄然、身体が楽になってきたのだ。

エゾタカネヤナギ(8:14) ジンヨウスイバ(8:27) エゾエンゴサクが絨毯を敷いたように群生(8:27)

沓形ルート分岐で一本(8:41〜45)。分岐は、急なザレ場の途中にあり、見上げると、もうあれが山頂付近かと思われる辺りまでガスが上がっている。右側に、小規模だが急な雪渓が落ちていて、かすかにトレールらしきものがある。沓形ルートだ。これだと、通常の状態を知らない限り、危険で入らないほうがよかろうと思えた。小さくても崩壊すればひとなどひとたまりもない。それにこのバテバテ状態では、ますます危険である。

ここまでくると、登りと下りのコースがロープで仕切られて左側が登り、右側が下り専用になる。沓掛ルートへの分岐から上は、赤茶けた火山岩のザレで、きわめて歩きにくい。前回の紀行文で、3歩登って2歩落ちると書いたところだ。分岐から上は、挽歌が終わってしまったので、長恨歌を唸りながら登る。ザレを詰めると、ちょっとした急傾斜のルンゼへ入る。足元は凍結して滑りやすい。ルンゼを抜けてやっと登山道らしき道へ出て、まもなく山頂である。少し手前に山頂もどきがあるので、気を抜きやすいが、そこにはちゃんと、山頂方向の矢印がある。

山頂(9:04)。前回は大勢のひとがいて場所がなく、南峰側へ下りた岩陰で昼食をとったが、今日はだれもいない。長恨歌はまだ終わらず、「一瞥温容二つながら渺茫」までで頂上へ着いてしまった。道士が仙界の楊貴妃を見つけ、陛下の情けを受けなくなって久しくなることを彼女が嘆く場面である。まあ、関係ないが。山頂の社をしげしげと見てみた。正面の拝殿の背後に、左右2つの社がある。山頂の面積に比して社全体がミニチュアのようだが、社が3つもあるとは気づかなかった。身体はぐっしょり濡れているが、上着を羽織らなくても寒くはない。雲を通して多少日差しがあるからだ。前回より気温は高いようだ。近間の視界は開けていて、ロウソク岩や南峰ははっきり見えるが、下界も上空も見えない。山頂は、ちょうど雲と雲との層の間にある。何度か梓コールを発したが応答はない。フェリーのエンジン音と汽笛だけが下からはっきり聞こえてくる。ウイダーの残りと菓子パンを少々ほおばりながら誰もいない山頂で30分ほど過ごした。

下山開始(9:35)。下りながら山頂直下、左側の谷を見下ろすと、すさまじい断崖である。滝谷などとは様子が違う。どちらかといえば剱尾根の沢筋の感じか。その様子をICレコーダーに録音しながら下っていくと、なんと尚やんがひょっこり姿を現した。まだ時間に余裕はあるので、山頂へとって返し、尚やんの背負ってきた缶ビールで乾杯した。尚やんと下山開始(10:01)。

途中、避難小屋と長官山の間のピークで一本立て(10:53)、さらに5合目で軽く行動食をとった(11:56〜12:27)。このころから下界の視野が開ける。登りはここまで1時間で来ているから、キャンプ場帰着予定の2時にはまだ十分時間がある。ゆっくり休んだ。

5合目から下る途中から下界の景色が見えだした。ポン山がはっきり見えたので、もういないだろうとは思いながらコールする。数回のコールで諦めかけたところ、コールが戻ってきた。あとで聞くと、コールの主はチャウだった。タクシーでまず姫沼へ行って、そこから戻ってくるコースを取ったので、そのころ丁度ポン山の山頂にいたのだ。

キャンプ場帰着(13:05)。まだポン山組は帰っていなかった。靴やスパッツを洗って、着替えをする。まもなくポン山組も帰着し、2時半に手配したジャンボバスで沓形港へ。

沓形港からフェリー(15:20)。航行中、朝方の鬱陶しい天気模様から一変し爽やかな空が広がる。利尻岳もまだ山頂部分は雲に覆われているが、裾野やポン山ははっきり見えた。

香深港(15:56)。キャンプ場の管理人さん勤務が5時までというので、宅配便で送ってある荷物を受け取るために、冨山、高橋、橋元はタクシーで緑ヶ丘公園キャンプ場へ先発し、残りは香深で買い出しをする。 緑ヶ丘公園キャンプ場(16:14)。

キャンプ場の管理棟の前から利尻岳が大きく見える。もう山頂にわずかな雲がかかるだけど、ほぼ全容がみえる。この山の見え方も、前回と似ている。ただ、写真でみると前回のほうが天気はよくなっている。キャンプ場は、前回と違ってガラガラ。ほとんど人影もない。サイトは選り取り見取りだった。このキャンプ場は、管理棟のある入口から一段下がったところにあり、全面が芝生に覆われて、中央に一本道が真っ直ぐ奥へ向かって伸びている。左に3面舗装だが沢が流れ、キャンプ場全体の中央左側に池があって、それによって手前と奥との2つのブロックに分かれている。前回は、手前が満杯で奥のブロックの芝生の上へ張った。今回は、手前のブロックの設営台がすべて空いていたので、左手奥の2つに、8人用と5人用をそれぞれ張った。8人用は、フライを張ると台をはみ出してしまうので、後室を犠牲にした。久しぶりの幕営で、設営の手順を忘れている。試行錯誤しながらテントを張り終えたころに、買い出し組も到着。香深の久保魚菜店で、生きたクロガレイを二匹購入してきた。今晩の目玉は決まりだ。なお、礼文で生きた魚を入手できるところはときくと、決まってこの店の名前がでた。これ以外はほとんど冷凍ものしか扱っていないという。タクシーの運転手は、地元の人間は漁師でなくても、親戚や近所の知り合いに漁師がいるので、欲しければ何時でも分けてもらえる。金を出して買うのは、なにかの仕込みで大量に必要なときだけだ、と話していた。

2005年6月14日 火曜日

快晴。 礼文島北部散策。 光が丘公園キャンプ場出発(8:15) 久種湖(9:10) 礼文島北部の船泊湾に沿った車道の歩道部分を歩く。進行方向の海の彼方に、ゴロタ岬の黒い岩壁と、今日の目的地スコトン岬が見える。山側の草地で小鳥がけたたましくなく。音を採ってあとで調べるとコヨシキリであった。 レブンアツモリソウ自生地(9:46〜9:59)。笹地、レブンアツモリソウ、カラフトアツモリソウ、両者の雑種(ホテイアツモリソウに似る)、カラマツソウと思ったがエゾカラマツソウ、白いミズチドリ?、ハクサンチドリ、マイヅルソウ、イタヤカエデの幼生、オオシラビソ?の矮性、ハマナス、イタドリ、リュウキンカ?、オニシモツケ。 この自生地には、レブンアツモリソウ、カラフトアツモリソウ、両者の雑種が生えている。雑種は、大きさはレブン、色はムラサキで、ホテイアツモリソウに似る。このままでは、雑種が増殖するので、草の本体は残して花を摘む。本日は環境省がその摘花をする日なのだそうだ。

自生地から海岸へ向かう道路の脇。チシマフウロ、イワベンケイ、センダイハギ、カラフトハナシノブ

進入禁止の階段から海岸へ下降する(10:13)

海岸と崖のあいだの草地

オオイタドリ、レブンアツモリソウ、カンチコウゾリナ、ハマハタザオ、ホッスを逆立てたような謎の草

海岸を歩くうちにガスが立ち込め、ゴロタ岬が見えなくなる。

ゴロタ岬への登り手前で休憩(11:08〜16)。海岸で貝やウニを探していたら、海獣のクビなし死体が打ち上げられていた。毛深いのではじめはクマかと思ったほどだった。 ゴロタ岬(11:56)、ガスと風でなにも見えない。 昼食(?12:10〜57)。食後はガスが晴れてきて、スコトン岬も見えだした。 鮑古潭の浜で、貝拾いをひとりで10分ほど(13:37) スコトン岬(14:04〜15:18)。恒例によりトドの缶詰で一杯。 緑ヶ丘公園キャンプ場入口(15:58)

香深井のひとと魚とタコ

スコトン岬からの帰途、今日も刺身が食べたいということで、土山商店で買い出しをするみなと分かれて、浜辺に漁師を探した。しかし、簡単ではなかった。まず砂浜で仕事をしていた男のひとに尋ねたが、最近は漁に出るものは少ないし、いま、魚がぜんぜん捕れないとのことだった。道路へ戻って、土山商店の方へ行ってみる。その先に、この辺りで一番大きな港がある。途中、クロネコの中継基地に年配のひとがいたので訊ねてみたが、近くに魚の加工所があるので、そこで訊いてみたらという。加工所を訪ねたがだれもいない。事務所のドアを開けて覗いていると、偶然、加工所のトラックが帰ってきて、こは訝しやという顔でこちらを見る。これこれと説明しても、ここには生魚などないと、けんもほろろ。次ぎに土山商店を通過して、その先の港の様子を見る。港に打ち上げられた海草を片づけている漁師がいたので訊いてみた。今日の漁はとっくに終わっているので、明日の9時頃なら帰ってくる舟があるかもしれないという。その時間ではこちらがいない。なんとか情報をききだそうとあれこれ話題を探る。しまいにはキャンプ場が有料なのはけしからん、公設ゴルフ場が無料なんだから、キャンプ場も無料にすべきで、金などとるから人が来ないんだとはじまった。これ以上は無理と見きっての戻り道、今度は仮設の選挙事務所に人影があったので訪ねてみた。中年の女性で、親切にいろいろと話してくれる。浜のほうを指さして、あの小屋に漁をしているひとがいるが、今はどうしているかわからないという。最後に、キャンプ場入口の角にあるコンクリート工場で働くひとにあたったが、キョトンとした顔である。どうもこのあたりは、数十メートル離れるとお互いに何をしているか知らないらしい。都会並みの無関心である。

最後に、諦めて帰りかけると、さっきは無人だった小さな舟だまりに船が泊めてあり、なかで白髪の漁師が網にかかった魚をはずしている。前回と同じ場所、多分、同じ漁師だ。俄然、可能性が出てきた。船のもやってあるコンクリートのたたきを見ればイワナのようなきれいな斑紋のある魚が放り投げてある。30cmもあろうか。それをカラスとカモメがつつきまわしている。食い物を争うカモメの声には凄みがある。魚体は無傷だが目とエラが喰い荒らされている。近づいて挨拶し、この魚はなんですかと訊いてみた。アメマスだと答えが返ってきた。いまどきにアメマスは不味くて喰えないという。鳥は最初に魚の目から喰うのだともいった。老漁師の手元をみると、網の中から恐ろしく不細工な魚が顔を出している。なんと言ったらいいか、ウツボの顔が凸凹に膨らんで出っ歯になったような容貌である。オオカミウオだ。TVのドキュメントで何度かみたことがある。それ、なんていう魚ですかと訊いてみた。知らないね、こんな気持ちの悪い魚、見たことがないといって、苦労して網から外して海へ投げた。あとで調べるとオオカミウオは日本では食用としないが、北欧では食べるらしい。あまり、食指は動かないが。 http://www.zukan-bouz.com/suzuki/gengeamoku/ookamiuo.html

さっそく本題にかかって、実はキャンプをしているのだが、このへんで捕れた魚はありませんかと訊いた。いとも無造作に、ああ、あるよ、生け簀に入れてあるから網の整理が終わるまで待ってくれという。こうなったら、話しはついたようなものだ。雑談をしながら仕事の終わるのを待って、生け簀の引き上げを手伝い、大振りのクロガレイを2匹分けてもらった。〆て700円。マガレイもあったがやせていて刺身にはなりそうになかった。昨日、香深の久保魚菜店で買ってきたクロガレイは2匹で600円だから、大きさを考えるとだいたい同じ値段だ。5年前は一匹300円だったから、少し値上がりしたか。もっとも正確に計量していないから、何とも言えない。千円札をわたしたが、釣りがないという。それじゃ、釣りはいいというと、明日の朝4時頃に来られるか、そうすればタコをサービスするという。4時はちょっと自信がなかったので、起きられたら来ると約して、クロガレイ二匹を紐にぶらさげて意気揚々と引き上げた。

2005年6月15日 水曜日

午前3時過ぎに目が覚める。北国の表はもう明るい。まだ早すぎるので、半頃までうとうとしてテントを出る。昨日の舟だまりへ近づくと、浜辺のあちこちで男達が作業をしている。昼間は人影がないが、早朝にはそれなりにやることがあるのだろう。舟だまりには船はなく、まだ朝霧が晴れない沖を見やると、一艘だけ舟が見える。あれが老人の舟に違いない。しばらくひとり佇んでいると、漁師が2人訝しげに近づいてきた。当たり障りのない話しでお茶を濁す。ここにいる理由は話さなかったが、素人への直売は自粛しているなんてことだとまずいとおもったからだ。今年は、魚は捕れないが昆布が豊漁だそうだ。舟だまりの海中を満たしている海草を指さして、これらはみんな昆布だ、うちらは、一回ダシをとれば放ってしまうと豊富さを誇る。今日は波がほとんどなく、こういう静かなときはウニが上がってくるのだといいながら、しゃがみ込んで腕を伸ばすと、大きなムラサキウニをつかみ上げて、ばくっと割って、ほれといって、こちらへ差し出す。子供の頃に、千葉の海でウニ捕りの経験があるから、よろこんで食べた。昨日、老漁師も話していたが、今年のウニは味が薄く旨くないという。なるほど、その通りでウニのこってりした味わいはなく、海水のしょっぱさだけが残った。これで謎が解けた。昨日の鮑古潭の堤防に、明らかに鳥がバフンウニをせせったあとと思われる殻が沢山おちていた。前回も同様な光景を見て、どうやって鳥がウニを捕るのか謎だった。鳥が捕りに海に潜るのでなく、ウニのほうから海面へ上がってくるのだ。この舟だまりでも、ムラサキウニのほかに、小さいがバフンウニも海草の上へ上がってきていた。

そうこうするうちに、老漁師の舟が帰ってきた。嬉しそうな顔で、タコが捕れたよといって、着船するなりタコを投げてよこした。船底に無造作に積まれている網をみると、豊漁である。昨日の生け簀には、クロガレイと真ガレイの小さなのしかいなかったが、今日の網には、多くのクロガレイに混じって、ひときわ大きなヒラメがいる。ヒラメがいるじゃない、それを分けてくれますかと訊くと、いいけど高いよという。浜値でキロ1500円だそうだ。カレイの値段と桁が違うが、東京の天然ヒラメの値段からすれば激安だ。老漁師は、手でヒラメを下げてみて、これは1キロ以上あるだろうという。高いものだからいいかげんじゃまずいとつぶやいて、小屋まで秤を取りに行った。相当年代物の秤で、天皿はサビが浮き、前面のガラスが汚れで曇っているが、それで計った。さっきから残っていた別の漁師ものぞき込み、1.5キロか?いや2キロありそうだなあという。老眼のせいだけではなく、かすんでよく見えないのである。結局、3人の6つの眼の一致するところ、きっちり2キロあった。3000円である。その結果に、老漁師、やや興奮ぎみであった。いま金はないが、キャンプ場へ戻って取ってくるといえば、なら、自転車を貸すからそれで行けという。指さすところをみると、小屋の横に自転車が立てかけてあった。近づいてみると、車体はサビサビでタイヤに空気は入っておらずぺちゃんこ。おまけに、乗ってみるとブレーキが付いていない。ハンドルに把手はあるがその先になにもない。登りはいいが下りは靴のかかとで路面を擦ってブレーキをかけるしかない。まあ、歩くよりは速かろうと、それに乗ってキャンプ場へ戻り、チャウを起こして金をもらった。キャンプ場の下り坂でこの自転車に乗るのは無謀だから、公道へ出てから乗った。歩いていると気づかないが、この道は海へ向かって相当な下りであって、海岸沿いの道路へぶつかるT字路では必至に足を突っ張ることになった。舟だまりへ帰ると、さっきのタコの横に巨大なヒラメとマガレイが2匹置いてあった。カレイはサービスだという。この老人、サービスという言葉が好きらしいが、なんとなく似合わない。昨日のマガレイと違って、肉の厚いしっかりした形をしている。老漁師が用意してくれたビニール袋にヒラメとマガレイ二匹、こちらで持参したビニール袋にタコを入れ、人気のない早朝のキャンプ場へ戻った。

この魚たち、まずは〆ねばならない。早朝から、ヒラメ、カレイの惨殺劇であった。ところで、夕方までどうするか。冷蔵庫があるわけでない。冷水にさらしておくしかないが器もない。2キロのヒラメが収まる容器など普通の家庭にもなかろう。おそらく我が家の流しに置けば、このヒラメだけでいっぱいになってしまう。思案の末、炊事場の裏に放置してあったバーベキュー用の横長のコンロをよく洗い、そこへビニール袋ごと入れて水を流しっぱなしにすることにした。タコは別にステンの鍋に入れて蓋をして、重しの石を置き、蓋へ水を流しておいた。あれこれ、魚とタコの保存方法を考えながら思いついたのだが、はなから生け簀であずかってもらって、夕方取りに行けばよかったのだ。魚の鮮度からいっても、こちらの後処理の手間からいっても。まさに後の祭りである。開高健はこのような状況を好んでEsprit de l’escalierといった。訳せば「階段の機知」である。例えば、だれかと話し終わって部屋を出て、外の階段へ足をかけたとたんに、気の利いた冗談を思いつき、話しておけばよかったと悔やむような状況を指す。今日の食当の尚やんが起きて支度を始めていたが、もう一休みしておこうと、テントへ入った。

さて、朝飯も済んで、今日は、礼文島南部の、礼文林道から桃岩林道を経て知床までの探訪である。出かける前に魚が心配だったので、炊事場へいった。そっと覗いてみたが、魚もタコも無事のようだった。たまたま居合わせた、このテント場の主のような男(どこにでも、その手のヤツが居るが)が、もの柔らかに問いかけてきた。この水は出しっぱなしですか、とね。蛇口を2つ占有しているので、気にはかかっていたのだ。きたかとは思ったが、生魚を夕方まで保たすためやむをえないと答える。男はつづけて、ここの水道水はポンプで汲みあげていて、タンクの容量もあまり大きくない。出しっぱなしだとタンクの蓄えがなくなるのでまずいという。あくまでも、もの柔らかに、そうおっしゃる。どうも話しをしているだけで、むかむかしてくる。誰に向かっても、まるで聖者が説教を垂れるような厳かな口調なのだ。しかし、話しの内容は一聴だに価しないくだらない下世話のたぐいである。こういうのが怪しげな宗教でも興して教祖になるのだろう。もう無視するしかない。タコは小川のほうでなんとかなりそうだから、そちらへ移すことにした。ただ、管理人が巡回にくれば水を止めてしまうのは必至だ。礼文林道へ出発するときに、チャウに言い訳の文言を書いてもらい、缶ビール二本を添えて管理人室の前に置いておいた。

礼文林道ツアー出発(7:50) 朝靄が立ち込めていたが、青空が姿を現してきた。これまできた道をふり返ればまだガスが立ち込めている(8:01)。 林道入口(8:06)、元地出口まで7キロの標識。完全にガスが引いて青空が出る。舗装道路から砂利道へ。林道は、最初は平坦。 ウダイカンバとハリギリが多い。カエデは少なく、イタヤカエデのみが目立つ。キャンプ場に咲いていたサクラソウモドキもある。この辺りでコバイケイソウに似た紫の花を見たと大森氏と尚やんがいう。タカネシュロソウかとおもったが、コバイケイソウほど大きくはならない。大きさではタカネアオヤギソウだが、こちらの花は緑色だ。後で調べると、ホソバシュロソウというのがあって、大きさはコバイケイソウ、花は紫褐色である。多分これだろう。 宇遠内への道と分岐(8:16)。分岐のあと沢沿いの登りとなる。 331mピークが林道右手に見え出す(8:22) 香深井3キロ、レブンウスユキソウ群生地3.2キロの標識(8:35) 人工造林帯(8:36)。樹林帯を出て、林の背丈が急に短くなる。 灌木帯から笹原へ(8:42)。雲はなく日差しがきつい。 休憩(8:43〜53)。林道の横には先ほどからの331mピークの長い稜線が見え、背後には二並山から礼文岳への稜線が見える。 フデリンドウ(タテヤマリンドウかと。ハルリンドウも似るが北海道にはない) 林道の登りが終わり利尻岳を遠望(8:59) 大陸側の日本海が見える(9:04)。起伏のほとんどない林道。 礼文滝分岐(9:10)。香深井まで5キロ、元地まで3キロの標識。 林道脇にマイヅルソウ、ツマトリソウ

元地灯台方面の断崖が遠望される(9:13) 御花畑 その1(9:17〜28)。眼下に元地港。 レブンウスユキソウ(まだ蕾)、ガンコウラン、スズラン(ギョウジャニンニクと間違える)、シロヨモギ、ハクサンチドリ、ヒメスイバ、ミヤマキンバイ、ミヤマキンポウゲ、イワツツジ(イワカガミかと)、ミヤマオダマキ、タカネナナカマド(5cmほどの樹高でもう開花)、ゴゼンタチバナ、イワベンケイ、アカミノイヌツゲ、ダケカンバの幼生。 268mピークへの分岐(左折して市街へ)(9:33)

お魚を増やす植林運動の看板(9:36)。山腹に茶畑のような、あきらかに人工的な構造が多く見られる。お茶かブルーベリーの栽培かなどど意見がでたが、結局、笹を畝のように刈り込み、その間に植樹を試みているのだった。しかし、あまり育った樹木は見えなかった。 ミヤマオダマキの大群落(9:40)。路面と笹藪の間の、土が露出した比較的新しいのり面にミヤマが大きな群落をなしている。イタドリさえまだ20cmほどにしか伸びていない。この草は、条件さえあえば相当強壮のようだ。 御花畑 その2(9:44)。レブンウスユキソウ群生地の看板、管理棟とトイレあり。 早すぎてレブンウスユキソウ(花期7、8月)自体はほとんど目立たなかった。前の御花畑より緑が深い。急斜面にあって、眼下に広大な海を臨む絶景。こういう光景はあまり経験がない。 御花畑 その3(9:02〜10:22)。こちらはカラフトハナシノブが優勢。まだ蕾だがチシマフウロ、ハクサンイチゲも多い。ミヤマクワガタに似たキクバクワガタ(??) 品のよい老人ご夫婦に道を譲ってもらう。道が狭く急登。このひとたちは、知床まで歩いた。ご立派。 香深・元地方面へ下る林道脇にレブンコザクラが多い。時期的にはもう遅い(10:29)。 香深・元地間の車道へ出る(10:40??) 途中ビールを冷やしに小沢に入る。 桃岩林道入口(11:03)

桃岩展望台で昼食(??〜12:45)。展望台直下の砂礫地にレブンソウ。もう盛期は過ぎている。 キンバイの谷(13:15前後)。最終ピーク手前の窪地状草原はキンバイ、キンポウゲの種類が多く、キンバイの谷というそうだ。レブンキンバイソウ(シナノキンバイに似るが花弁が複雑で色も緑がかる。日本ではここにしか咲かないそうだ)、ミヤマキンポウゲ、ミヤマキンバイ(現地では間違ってタカネキンバイと言った)、スズラン、クロユリ(相当背が高い)、オニシモツケの大群落(未開花)、チシマワレモコウ(未開花、ワレモコウかと思っていたが、これだろう)、コバイケイソウ

桃岩コース最終最高ピーク(13:37)。利尻からのフェリーで、こんな所へ登れるのかと見えた断崖にいま立っている。 小さいピーク(13:42) 元地灯台(13:55〜14:12)。南を眺めると島影がひとつ(後で調べると天売島だろう)。べた凪で完全無風。カモメがはるか下を飛ぶ。 知床への下りは利尻を真っ正面に見て、海に向かって広い草原を真っ直ぐ下りる。金華山の下りのを、さらにスケールを増したような感じ。知床の町には旗がたなびいている。下りると知床稲荷の祭日だった。 知床バス停(14:42) 知床よりバス乗車(15:06) 香深バス停着(15:14) 香深からバス(15:29)。バスは久保魚菜店の前を通り、その隣に北限の湯という公衆浴場がある。この道は前回のとき、店を探して歩いている。それらしき店にまったく気づかなかったから、まだなかったのか、あるいは、そのときは閉まっていたのか。 香深井の土山商店前バス下車(15:40)。土山商店で、酒、ビール、ミルクなどを仕入れる。 キャンプ場帰着(16:00頃)

2005年6月16日 木曜日

晴れ。 緑ヶ丘公園キャンプ場出発(7:52) 香深FT(8:03)、宅急便をペリカンで発送。 香深よりフェリー乗船(8:32)。民宿の客引きというか見送りが妙にはしゃいで見苦しい。まるで、新人教育の洗脳のようだ。 利尻岳長官山遠望(9:44)。長官山は、登っていると山という感じはしないが、この辺りの海上から見ると正三角形の端正な山容を現す。 稚内でフェリー下船(10:39) お昼の宴会用のカニを買う組と、レンタカーかり出し組に別れANAホテル前で合流。 途中のコンビニでビールとおむすびを買う(11:15) 宗谷岬、大岬旧海軍望楼の横の草地で宴会。(11:56〜13:42) 稚内で買ったタラバ、キャンプ場で仕込んだヒラメのオリーブオイル付け、タコのニンニク炒めなどで乾杯。 稚内空港着(14:22) ANA574は機内の備品到着が遅れたとかで15分延発(15:15) 羽田で軽く一杯ビールを飲んで解散(18:00)

利尻・礼文の花

アツモリソウ3種

レブンアツモリソウは、今回の大願目であるが、そのほかにカラフトアツモリソウ(IMG_1347など)と、この両者の交雑種(IMG_1355など)があった。前回はレブンの花期は過ぎていて数株を見ただけだったし、カラフトも交雑種も記憶にない。交雑種は、花の大きさがレブンに似て大きく、花の色がカラフトの上弁に似て赤紫、全体としてアツモリソウあるいはホテイアツモリソウに似るが異なる種だという。レブンとカラフトが近くにあれば交雑種は生まれ、それ自体が増殖するので、草体は残すが適当な時期に摘花するという。われわれがレブンアツモリソウの自生地を訪れたのは、環境省が摘花する日で目標の株には目印が着いていたが、まだ花は残っていた。翌日なら花は見られなかったろう。

カラフトハナシノブ

花忍とは美しい名前だが、本州の山ではミヤマハナシノブを見ることができる。ぼくが見たのは南ア北岳大樺沢である。梅雨の頃に何度かバットレスに通ったことがあるが、大樺沢の左岸の山道を覆う草むらには沢山自生している。雨に濡れた青い花に黄色のシベが印象的だった。なお、カラフトハナシノブのなかで礼文島に自生する物は花序が短く花が密生するのでレブンハナシノブと呼ぶ図鑑もある。またミヤマハナシノブの命名上の母種としてエゾハナシノブをあげる本や、ミヤマはエゾの変種とする本もある。ちんぷんかんぷん。

エゾエンゴサク IMG_1298

ポン山組の写真にはあまり綺麗な色に写っていなかったが、利尻岳にはこのみごとな御花畑があった。規模はさほどではなかったが花の盛りで、この写真よりも濃い色の花が絨毯のように敷き詰められていた。

エンレイソウ、オオバナノエンレイソウ、ツバメオモト、ザゼンソウ、マイヅルソウ

これらはみな同じような場所に生える。比較的明るい木陰の湿地である。エンレイソウの花は赤紫、オオバナは白ですぐに区別がつく。本州では、オオバナの代わりにミヤマエンレイソウが多く見られる。こちらも花は白で、それにくらべて北海道のものは花が大きいのでオオバナノとついたのだろう。5年前の利尻岳は、マイヅルソウの花が山道の両側を埋め尽くしていたが今回はオオバナとツバメオモトがいたるところに咲いていた。丈の低い灌木の下にはオオバナとザゼンソウを見ることが多かった。冨山さんの記録で、チャウの推論として、ザゼンソウは葉が出る前に花が咲くのだろうとあったが、その通り。同じ仲間のミズバショウも同じである。なぜかザゼンソウの花は葉の方を向いていて、まるで子供がはずかしがって親の身体に顔を伏せるような格好になっているのが多かった。その様子は面白いが写真は撮りにくいだろう。

スズラン

園芸種としてドイツスズランがあるので珍しく思わないが、自生状態で見ることは多くない。葉だけ遠目に見てギョウジャニンニクと間違えた。臭いをかげばすぐに分かるが、スズランは見かけによらず毒草である。ある本には、牧場に自由にスズランを摘んでよいと書いてあるのは、牛が食べて中毒しないようにするためだとあった。

ネムロシオガマ 利尻・礼文 053

ゴロタへ向かう海岸沿いの道によく見られた。手元の図鑑の写真と少し印象が違っていたが花期の違いだろう。他の図鑑もあったったが間違いないようだ。他に白花のシオガマは、セリバとエゾしかないが、どちらも姿形も花も一目で区別がつく。

センダイハギ

文楽や歌舞伎の伽羅千代萩(めいぼくせんだいはぎ)を連想してしまう。ネットで調べると、この芝居の外題からとって花の名がついたとする解説がほとんどだが、安易な受け売りに思える。花は、芝居ができるよりさきに咲いていはずだ。たったひとつ、船台の回りに咲くからとするページがあった。海岸に多いので納得できる。芝居のほうはお家騒動や妖術使いといったおどろおどろしい印象だが、それとはまるで違う大振りで鮮やかな黄色の花だ。

ミヤマオダマキとハクサンチドリ

これら2種は礼文島では、人家の庭、車道の脇、山のお花畑など、いたるところに咲いている。本州では希少な高山植物でも、礼文島では道端のタンポポなみの雑草である。ミヤマは、園芸種のオダマキの原種とされる。これがじつに強壮な草であることがわかった。レブンウスユキソウの自生地の近くだったが、林道ののり面が崩れた泥とガレキのなかで、まだイタドリも若い株しか生えていないのに、ミヤマの大群落があったのだ。条件があえば、よほど繁殖力が強いに違いない。

ハクサンイチゲ、エゾノハクサンイチゲ、ヒメイチゲ

これはあとでわかったので確信はないが、利尻岳のものはただのハクサン、桃岩のあたりはエゾらしい。葉の一部の形と果柄の長さで区別するらしいが、後の祭り。イチゲついでのヒメイチゲだが、名前の通りこれがイチゲの仲間では一番小さいかもしれない。ポン山の写真にもあるし、利尻岳の記録でも書いたが、相当高いところにも咲いている。小粒で元気である。

レブンソウとレブンウスユキソウ

レブンソウ(利尻・礼文107)は、桃岩展望台の昼食時に見た。チャウも書いていたように遠目でよくわからなかったが、解説の看板があったのでそうだろう。実物を見たのはこれだけ。その意味で、レブンウスユキソウ(IMG_1431)も最初のお花畑でみただけ。それも蕾だった。開花期なら、エーデルワイスを知っていれば誰にでもわかる。

レブンキンバイソウ、ミヤマキンバイ、ミヤマキンポウゲ、クロユリ

最初は育ちのいいシナノキンバイだと思っていたがレブンキンバイソウだった。それにしてもなぜこれだけソウがつくのか謎。シナノキンバイにはエゾキンバイの別名もある。シナノも大きな花だがレブンはもっと大きく(個体差の範囲かもしれないが)、花弁の重なりがやや複雑な感じ。桃山展望台から下って元地灯台へ登り返す辺りの窪地はキンバイの谷と呼ばれ、レブンキンバイソウはそこにしかないという。かたやミヤマキンバイもミヤマキンポウゲも南アや北アで普通に見ることができる。前者の花はミヤマダイコンソウに似るが葉がまるで違う。後者は田んぼの畦によく咲くウマノアシガタ(たんにキンポウゲともいわれる)とよく似ているのですぐわかる。最後にキンバイの谷に多かったクロユリは、見慣れたクロユリよりも花も背丈も大分大きかったが、実はこちらが本家で北アなどで見ているものはミヤマクロユリであった。キンバイの谷には、まだ花は咲いていないがオニシモツケとチシマワレモコウが多く見られた。もうしばらくするとオニシモツケの白い花が谷一面を埋め、つぎにチシマワレモコウの赤紫に彩られることだろう。

サクラソウモドキとレブンコザクラ

サクラソウモドキは、場所は悪いが、キャンプ場のトイレの脇に咲いていたものだ。最初は園芸植物かと思っていたが、北海道にしかない自生種だった。似ているから仕方がないが、モドキでは可哀想なほど独自の美しさがある。レブンコザクラは南部散策のときにレブン林道から桃岩へ向かう途中に多く見られたが、もう花期は過ぎていた。

チシマフウロ 利尻・礼文 057、IMG_1388,9

ハクサンフウロとタカネグンナイフウロは見慣れているが、これは東北と北海道にしかないのであまり見ていない。分類的にはタカネに近く、色はタカネに似てハクサンより濃いが、タカネほど毛深くない。今回の山行では、レブンアツモリソウを見てから峠を越えてから道端に増えだした。翌日の礼文林道散策のとき、三番目の御花畑ではまだ咲いていないチシマが大群落をなしていた。

シラゲキクバクワガタ 利尻・礼文 097-8

クワガタと名の付く仲間は高山に多いが、北海道では白毛のないただのキクバクワタが多くシラゲは礼文島にとくに多いと本にあった。都会の春におなじみのオオイヌノフグリは同じ科に属する。フグリはかわいそうだが、鍬形は兜の前に二本にょっきり立っているあれのことだ。虫のクワガタもそこからくるのだろう。

アナマスミレ 利尻・礼文 035、IMG_1313

今回は訪れていないが礼文島の西海岸、宇遠内の北にアナマ岩という名所がある。ここで発見されてこの名前になったという。スミレはあまりに種類がおおくて、セリ科同様に同定を諦めてしまうのが常だが、チャウからスミレ図鑑で見つけたとメールがあった。主に日本海側の海岸付近に分布し、写真に見られるように長い葉が縦に巻き込むのが特徴だそうだ。この写真はポン山で撮影。

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